自分だけのポジションで生きる、子ども目線の愛され先生Shunさん

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自分だけのポジションで生きる、子ども目線の愛され先生Shunさん

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こんにちはなおです。

HSPさんで今のお仕事が天職かそれに近い!という方にインタビューして回っています。

お仕事はHSPの方にとって最重要トピックと言ってもいいほど、みなさん自分らしく働く働き方への関心が高いからです。

自分以外にも様々な方の働き方の例をお見せしたいなと思いました。

HSP才能インタビューの一環として、少しずつやっていきます。

第20号は、教員とNPOという形で教える・伝えるということに深く関わっているShunさんです。

Shunさんの基本情報

お名前:Shun

年代:28歳

キャッチフレーズ:自分だけのポジションで生きる、子ども目線の愛され先生

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note

1、Shunさんのたどってきた人生をざっくりおしえてください。

中学3年間不登校でした。今考えれば明らかにHSP(HSC)が顕著な子どもでした。

今でもそうなんですが、集団生活が苦手でクラスでも集団や大勢の中にいるっていうのもしんどくて、集団の中にいたとしてもできる限り人と違うことをしていたいと思っていました。

3年前に父親が亡くなったのですが、葬儀の出棺のときに親戚中が大泣きする中で僕ひとりだけが泣くこともなく、淡々と遺影を持っていたのはそういうことだったのかな?と思います。

もちろん臨終の瞬間はめちゃくちゃ泣きましたし、淡々としてる割にはすごく悲しかったのですが。

あと、僕は誰かが怒られる状況や怒鳴り声というものが本当にダメなので、たとえば誰かがふざけているときに「怒る声を聞きたくない」という思いで僕が先生より先に怒ることがよくありました。

それがたびたび周囲からひんしゅくを買うような形になって、小学校のときから変に浮いたり揉め事を起こすようになりました。

中学に入学してすぐ、健康診断でふざけてた同級生をまた先回りして怒ったら案の定揉め事になってしまったのですが、その夜に先生から家に電話がかかってきました。

小学校のときは電話がかかってくることなんてなかったので「こんなことで問題になるなら、この先どれだけ先生から電話がかかってくることになるんだろう」と急に不安に感じて、それで学校に行かなくなりました。

その後、なんとか高校に進学したのですが、その学校は「教師の意に反することをした生徒は力づくでも服従させる」ところでした。

宿泊研修で生徒指導教諭が話を聞いていないほかの生徒をマイク越しに怒鳴りつけ、説教した瞬間はたぶん死ぬまで忘れられないと思います。

これが決定打になって入学2週間でまた不登校になったのですが、通信制高校へ転入して高校は3年間で卒業しました。

卒業後、友達がほとんど地元の関西の大学や専門学校に進学する中で、僕はあえて関西ではない大学へ進学しました。

そこは同じ関西人の同級生が1人しかいなかったようなところで、「人と違うことをしていたい」という意味ではすごく良かったです。

◆ HSPに気づいたきっかけ

「HSP」というものを知ったのは5年くらい前です。

たまたまFacebookで見つけたチェックリストを試してみたら「いいえ」に当てはまった設問が2,3個くらいしかなくて「なんじゃこりゃ?」と思って、あわてて参考文献にあがっていたエレイン・N・アーロン博士の『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』を買って読みました。

「お金をたくさんもらってはいけないという罪悪感を持ちやすい」というところに共感したりして、読めば読むほど「これは自分のことだ」と確信しました。

「誰かが怒られる状況が好きではない」以外にも、風船が苦手だったり、車のクラクションが急に鳴ったらものすごくびっくりする上に、ドッキリ系のTV番組や重苦しいドラマ・映画も一切観ません。

そういえば子どものころは新聞の間違い探しでよく遊んでいました。今も、誰かがなにか言い間違うとすぐ気づきますし、書類の誤字脱字を見つけるのが得意です。

そうそう、この間なおさんが「HSP女性は髪が短い人が多い説」っていうコラムを書いていましたが、これ男の僕もすっごくよくわかります。

だいたい寝癖がつき始めるとすぐに床屋へ駆け込んで5mmくらいの長さにカットしてもらいます。あと爪が長くなるのもすごく気になります。

2、そんな中で、Shunさんは今どんなことをされていますか?

通信制の高校で教員をしながら、教育系のNPOのスタッフもしています。高校では地理歴史科を担当しています。

NPOでは主にフリースクールを運営したり、不登校に関するコラムを団体のブログで発信したりしています。

小学生から高校生まで、かなり幅広い子どもたちと日々関わっています。

3、これらのお仕事や、Shunさんの生き方を通して伝えたいことはどんなことでしょう?

◆「こんなやつが1人くらいいてもいいだろう」

たとえば高校ではたしかに教員ですし「先生」とも呼ばれる立場なのですが、僕は7割がた「上下関係」をわざと捨てて関わっているところがあります。

もしかしたら苗字で呼ぶ子よりも、生徒間で通用しているあだ名や下の名前で呼ぶ子どものほうが多いかもしれません。

学校とNPO、それぞれでいま関わっている子どもたちの多くは不登校を経験しています。

中には学校や大人(先生)に対して恐怖心を抱いたり、慣れないと話すことができない子もいます。

そういう子にガチガチな「上下関係」を持ち込むのはどうなんだろう、と思って、わきまえるところはわきまえながらもかなり目線を下げて子どもたちと関わっています。

結果、ものすごいいじられキャラになってしまったのですが。(笑)

確かに勉強も大事ですが、それよりも人との関わり方などソーシャルスキルを身につけておかないと、将来社会に出たときにすごく苦労すると思っています。

だからこそ、努めて上から接するようなことを減らして、話しかけやすい雰囲気を出すようにしています。

いじられキャラ、という点で言うと、僕はよく机に足をぶつけたり階段でつまずくドジなところがあるのですが、そういうところをまったく隠していません。

結果生徒から「ださい!」と笑いの種にされるのですが、普段から「こんなやつが1人くらいいてもいいだろう」というスタンスでいるので、大いに笑ってもらって結構という感じでいます。

NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」に院内学級の先生が出ていたのですが、その先生はわざとチョークを落としたり、おもしろくないダジャレを発することで「失敗しても大丈夫!」というメッセージを伝えてるんだそうです。

こういう先生の姿もモデルにしながら、いかに親しみやすい雰囲気を出せるか、という点に関しては手を抜くつもりはありません。

◆ 「機嫌よく働く」

僕は露骨に他人の感情が伝わってきやすいタイプです。

その場で誰かが不機嫌だと僕もイライラしたり、または目の前の不機嫌な人の機嫌を良くするためにいろんな行動を試したりしてしまいます。

なので、「機嫌よく働く」ということはすごく大事にしています。

不機嫌な状態で子どもたちと接すると、敏感な子どもからすると何をしたわけでもないのに「自分のせいで先生が気分を害している」と思われるかもしれない。

それはあまりにも子どもたちに申し訳ないですし、職場の雰囲気を明るくするためにも、なるべく機嫌良く働いています。

もちろん100%機嫌良く働くのは難しいですが、そういうときは逆に子どもたちが機嫌良く接してくれることもあります。

このことは、文学者の内田樹先生も「学校の先生はなるべく機嫌良く働いてほしい」とブログで書いておられていて、自分の考えは間違ってなかったんだなと思いました。

それと、明治大学の齋藤孝先生が『不機嫌は罪である』というその名もズバリな本を書いておられていて、先日読みましたがすごく共感しました。

4、周囲でのHSPへの認知度ってどんな感じでしょうか?

不登校の子どもだけでなく保護者とも関わる機会が多いのですが、「うちの子、もしかしたらHSCかもしれない」という話はよく耳にするようになりました。

大きな音ダメなんですとか。

以前、ある不登校の親の会で講演したときにHSPの話に触れたら、「うちの娘がそうかもしれない」とものすごく熱心に僕に質問しにきたお父さんもいらっしゃいました。

あと、うちのNPOでインターンをしている大学生が「HSPを知りたい」と興味を示したので、僕が持っているHSP関連の書籍をすべて貸したこともありました。

もちろん20年近く前、僕が子どものころはHSP(HSC)のエの字も誰も言ってくれませんでしたし、僕がHSPを知った5年くらい前もまだまだ認知度は低かったと思うので、ここ最近ものすごく注目を浴びるようになってきたなと思っています。

まさかYahoo!ニュースでも取り上げられるなんて思ってもいませんでした。

ここまでクローズアップされると、僕自身が子どものときに「HSC」という概念が知られていたらどうなっていたのだろう、と思います。

ただ、子どもたちは多くても、僕と同年代で「HSP」ですという人はあまりいません。

もしかしたらHSPのことを知らないだけなのかもしれませんが、こうして同年代のなおさんに話を聞いてもらうというのは初めてのことですし、すごく貴重な機会だと思います。

5、Shunさんは、ふだんはどんなふうに過ごされていますか?

野球が好きで、よく球場に足を運びますし、なんなら外野席で応援していたりもします。

外野席って太鼓やトランペットの爆音が凄まじいですし、野次とか汚い言葉が飛び交うこともしょっちゅうなのでHSPにとってはなかなか地獄なのですが(笑)、それでもどういうわけか野球観戦のときは気になりません。

ただし1試合観るとものすごく疲れるので、2,3試合連続で観に行くとかいうことはまずやりません。

福岡とか千葉とか、いわゆる野球目的で遠出することもよくありますが、それでも観に行く試合は1試合だけ。

家で中継も観ますが、球場で野球仲間と作戦の立て方を予想したり、どの選手を使うのか考えたりして観るのが最高に楽しいです。

あとは、通勤時間が往復2時間くらいあるので、電車の中では基本的に本を読んでいます。

おかげで昨年は270冊近く読破しました。

ビジネス書が5割、趣味本やエッセイが4割、小説が1割くらいで読んでいます。

植松努さんや出口治明さん、「水曜どうでしょう」の藤村忠寿・嬉野雅道両ディレクターの本をよく買います。

小説なら万城目学さんや有川浩さんの作品が好きですね。

6、Shunさんの夢を聞かせてください。

夢とは少し外れるのかもしれませんが、ここ数年、たとえば父親が亡くなったり、教員として働き始めたり、毎年身の回りの何かが変わっているのを考えると、もう僕の人生でこの先「現状維持」というものはないと思っています。

僕は変化というものにめっぽう弱くて、新しい環境とか慣れるのにものすごく時間がかかるのですが、いかに早く変化に慣れていくか、というのは目標のひとつとしてあります。

この先も結婚したり子どもが生まれる、ということがあるはずなので。

実は教員の仕事は非常勤という形で働かせてもらっています。

教員になる前から所属していたNPOにも引き続き関わり続けたかったという理由もありますが、一番は「週5~6日、同じところで働く」という働き方が自分にはまったく向いていないと思ったからです。

もっとも学校では、職員室にいる以上常勤も非常勤も関係なくひとりの教員だと思っているので、手が回っていなかったりお願いされた仕事はどういう内容であれ全力でこなすようにしています。

敏感さを活かして電話が鳴ったらワンコールで取ったりもします。

教員とNPOの二重生活をはじめてすぐのころは「失敗したかな」とも思ったのですが、ホリエモンが『多動力』という本で「3つの肩書を持つとその人の価値が1万倍になる」と説いていたのを読んで、「教員」「NPOスタッフ」「不登校経験者」という3つの肩書で自分の価値を高めようと決心しました。

ありがたいことにちょくちょく「常勤で来てくださいよ~」などと言われるのですが、今は職場環境に満足していてもあまり常勤になりたいという気持ちはありません。今の働き方はかなり気に入っています。

でも、さっきも言ったように現状維持はないとは思っているので、このポジションもいつか何かが変わるんだろうなあ、と考えています。

さっきも言いましたが僕は「お金をたくさんもらうと申し訳なく感じる」ところがあって、それでいまでも給料よりも自分がやっていて楽しいことを優先する働き方をしているのですが、もし今後家族を養うとなったらより稼げるように変えていかないといけませんからね。

7、HSPの方の天職ってどんなものでしょう?&
8、やりがいを感じて働くことに憧れるHSPさんの、最初の一歩にはなにをしたらいいでしょう?

自分を知る、ってことが大事だと思っています。

ここまではできますけどここまではできませんみたいな。

自分はどういう働き方が合っていて、どういう働き方は合っていないのか、なにが好きでなにが嫌いなのか、どういう人が許せてどういう人が許せないのか。

自分の特徴をしっかり知っておくことが1番であり天職につながると思います。

もっとも、この間の10連休も「何したらいいんだろう」と仕事がないことが逆に不安に思った僕も、いまのこの複数の仕事が「天職なのか」と言われたら、それは自分でも分かりません。

きっと気づくまで相当な時間がかかると思います。

9、最後に、おなじHSPさんにメッセージをお願いします!

自分の時間を大切にしてほしい」です。

HSPの人って1人の時間が必要で、誰かといても人に流されて疲れるようなこともあると思います。

僕もそうなんですが、合宿とか誰かと泊まりのときでも、「ひとりの時間」が1日のどこかでないとものすごくしんどかったりします。

たぶんこういうところが集団行動に向いてない要因だと思うのですが、ほかの人たちが楽しそうにしてる中でひとり離脱したり、しんどくなったりするのを後ろめたく思う人もいると思います。

実は、今もドイツで活躍するサッカー日本代表の元キャプテン、長谷部誠選手も「ひとりの時間」が必要なタイプなんだそうです。

彼は『心を整える。』という本で、たとえ日本代表の合宿中でも仲間の輪をはずれて1日30分、ベッドで横になりながら1点を見つめて心をメンテナンスする「自分だけの時間」を必ず作っていたと書いています。

異国の地で活躍して、しかも日本代表のキャプテンという重責を担っていた長谷部選手でさえこういう時間を持っていたのか、と気づけたときに、何も「自分の時間を大切にする」ことに引け目を感じる必要はないんだな、と感じました。

そして、これこそがHSPのみなさんにとってもものすごく大事なのかな、と思います。

どんどん「ひとりの時間」、取っていきましょう!

あと、さっきも書きましたが、身の回りの同年代でHSPっていう人が全然いないので、そういう人いたらぜひつながりたいです。

HSPの人たちがどういう働き方をしてどう生活しているのかすごく気になるし、仕事で関わるHSPの子どもたちにもこういう情報を伝えられるので。

10、これ以外に、伝えたいことがあればフリートークでどうぞ。

NPOの仕事の一環で、不登校のシンポジウムや不登校のお子さんをもつ親の会などのイベントに年数回呼ばれることがあります。主に不登校の体験談とかHSPのことを講演しています。

僕の経験談やいまやっていること、知識がみなさんのお役に立てるのであればいくらでも還元したいと考えているので、交通費くらい出してくだされば日本全国飛んでいきます。ぜひぜひお声がけください。

ご依頼は僕のTwitterのDMやリプライなど、掲載している各種SNSからお願いします。

編集後記

Shunさん、思いのこもったお話をありがとうございました!

教えることに関わるHSPさんは多いと思うし向いている方が多いと思います。

わたしも含め、そういう方にとって学びの多い記事になりました。

Shunさんにイベントで話してほしい方はぜひツイッターから連絡してみてください。

 

じゃあまた。

HSP才能開発サポーターなお

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なお

世界をエネルギーで満たす人。HSP才能開発サポーター。HSPカウンセラー兼コラムニスト。中高一貫から慶應という何不自由ない経歴で生きてきたが、社会人になってなにをしても体調を崩すようになる。ブラック会社をやめてうつ状態のどん底に陥るも、どうせこれ以上落ちないならと捨て身で、好きだった撮影を仕事にする。全国150人の撮影サークル事業に。その後も2年以上もがく中自分はHSPであると気づき、気づいた直後からおなじHSPの人の力になりたいと発信やインタビュー活動を始める。HSPの幸せに生きる方法の本出版に向け、コラム執筆、ライフインタビュー、コミュニティ開発、その他仕組みづくりとマルチに活動。「好き」を生きるフリーランス女子会の創設者。東京から福岡への移住者&2拠点ライフ。次はハワイとの2拠点。ブログと本、撮影、新しいことが好き。0⇨1の立ち上げのプロ。一緒に夢を叶えていくブログスポンサー様若干名募集中。 スポンサーはHSPマーケターのワヲンさん(@wawon_hinan)
HSPさんを対象に、HSPさん専門電話相談を行っているので、相談したい!聞いてほしい!という方はぜひいらしてください。通話で行っているため、全国どこからでも可能です。 おなじHSPのカウンセラーにいつでも相談できる・話せる場所としてお気軽にご利用ください。 HSPさん専門、電話カウンセリング【全国どこでもOK!悩みを解決して幸せに生きよう】

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